この世はいつでもディストピア

色々と書いてみます。ツイッターもやってます(@karamazov012)

非モテ・童貞必見。俺みたいになるな。

こんにちは、カラマゾフです。世間はクリスマスに染まってきましたね。

 

私は毎年のようにこの季節、というかどの季節であろうとも一人なのですが、今日はそんな私の人生について書いてみます。

 

「恋人とか普通に生きてたらできるっしょww」と馬鹿にされるかもしれませんが、それが意外と難しい。というか2,30代の四割程が童貞の現代社会において、私のような人生を送っている人は多いはずです。

 

人口のほぼ半分を占める非モテの人生について知ることは、まあ、悪いことではないと思います。けっしてマイノリティではない人間の生態を知っておいた方が色々と都合がいいでしょう。

 

また、今まで彼女ができたことのない中学生や高校生、大学生にも読んでほしいです。私と同じ失敗をしてほしくはありません。

 

では初めてみます。

 

幼少期~高校時代、刷り込みにやられた期間

 

「〇〇君と結婚する~」「〇〇ちゃんと結婚したい~」というのは、就学前の子供が良く繰り広げる会話です。そして私はその会話から置いて行かれてました。

 

周囲の男女が着々と婚約を済ませているなか、何故か私は置いて行かれていたのです。

 

このとき私は悟りました。「僕は女の子に嫌われる人間なんじゃないか」と。

 

しかしまあ、何故か僕に熱心に求婚してくる奇妙な女子が一人いました。そして私はその女子を避けていました。あまりにも変な女の子だったためです。幼少期なので具体的な記憶はないのですが、その女の子が頻繁に奇行を繰り返していたことは覚えています。

 

そんなこんなで小学校に入ります。

 

女の子の友達もできたはできたのです。しかし、私はある女子の会話を聞いて愕然としました。

 

「〇〇ちゃん(可愛いことで評判だった女子)が、カラマゾフ君のとなりってかわいそうだよね~。早く席替えならないかな~」

「そうだよね~本当に可哀そう~」

 

何と、私は可愛い女の子の隣に座ることは許されない人間とのことです。これにはだいぶ大きなショックを受けました。

 

 

世の中には、生まれながらに「〇〇君の隣ってうらやまし~」といわれるような光源氏のような人間もいる一方で、私のように何もしていなくても嫌われる人間もいるのです。あれ、目から汁が…

 

なんだかんだで仲のいい女友達もできたのですが、やはりここでも色恋沙汰からは置いて行かれていました。

 

そして中学時代に入ります。試練が訪れました。女の子に嫌われるようになったのです。

 

具体的ないじめを受けたわけではないのですが、かなり露骨に避けられました。プライドなんてズタズタです。原因は見た目でした。

 

幸運にも中三のクラスではそのようなことはなかったものの、ここでプライドをズタズタにされたことは後々尾を引いてきます。

 

高校生になりました。高校一年生は何とか女子に嫌われずに切り抜くことができました。というか、女子から人気が出ました。私は女子から下の名前で呼ばれるキャラになったのです。

 

ただ、それは決して恋愛対象としてではありませんでした。「挙動不審なのが面白い」「何を考えているのかわからないのが面白い」といった感じで、半分ネタ枠でした。

 

それでも中学時代のトラウマは癒えません。どこかでびくついていました。

 

そして高校二年生になりました。友達以上恋人未満の人ができました。

 

決して勘違いではありません。高校卒業後、成人式の日に確認しましたし。。。その子にはもう彼氏がいたのでワンちゃんは狙えませんでした。

 

高校時代はその子とほぼ毎日ラインをしていました。漫画の貸し借りなどもしていました。可愛い女の子でした。クラスに一人か二人レベルの子でした。

 

そして私はその子に対して嫉妬してしまったのです。その子と仲良くなることは嬉しいことではあったものの、自分とその子の人生の格差を見せつけられる地獄でもありました。

 

「俺は生きてるだけで異性から拒絶される人生を歩んできたのに、可愛い女の子はこうも天真爛漫にふるまえるのか」という現然たる格差を見せつけられたのです。

 

あと、単純に告白する勇気が持てませんでした。「自分は本来異性に拒絶される人間なのだ」という刷り込みはなかなかぬぐえませんでした。

 

そんな刷り込みなんて屁とも思わずに告白すればよかったのでしょう。しかし、私にはできませんでした。高校時代も男子から、「お前はほんま不細工やなあ!!」という刷り込みを受けていたのもあります。

 

実際に顔はいい方ではありません。しかし、私に対して不細工だと言っていた男子の写真を卒アルで見てみると、そいつの方が不細工でした。

 

そもそも「自分が女の子と付き合う」というのが想像できず、また妙に気恥しかったこともありました。

 

そんなこんなで受験勉強を迎え、高校生活はあっという間に終わりました。

 

大学時代・「あなたはよっぽど度胸の無い方ですね」

大学入学直後には、新歓コンパという名の出会いの場があります。そこで私はある女の子と出会いました。しかし、運命の出会いではありませんでした。運命に変えることはできませんでした。

 

その子とも仲良くしていました。そしてある日、「一緒に帰らへん?」といわれました。一緒に帰ればよかったのですが、「ごめん、明日の中間テストの勉強があんねん」といい、私は一人で帰ってしまったのです。

 

その子も可愛い女の子でした。前田敦子に似ていました。前田敦子が可愛いかどうかは議論が分かれるかもしれませんがそれは置いておきましょう。

 

私は女の子に好かれるという事が、そしてその子と恋仲になることが、どうしても想像がつかなかったのです。大体、そんな可愛い女の子が自分に好意を抱いているというのが、恐れ多くて現実感がなかったのです。

 

どうせ自分を嵌め込んでいるのではないか。誘いのラインを送ったらスクショでばらまかれて嘲笑されるのではないか。そんなことばかりぐるぐる考えていました。

 

「カラマゾフ君の隣とか、〇〇ちゃん可哀そう」という小学生自体に聞いた言葉や、中学時代に露骨に女子に避けられた記憶は私の奥底でくすぶり続け、肝心な場面に限って火力を増してきたのです。

 

 

後日、私は夏目漱石の「三四郎」を読んでいました。そこで、主人公の三四郎がある女の人に言われたセリフに、「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」というのがありますが、それにドキッとしてしまいました。

 

三四郎と一晩同じ布団で寝ていたのに、何事も起こらなかった(起こせなかった)女の人に別れ際に言われたセリフです。まるで自分が例の女の子に言われているようなドギツイ感覚が沸き上がってきました。

 

それはいいとして、私はついに初デートを経験しました。大学二年生のころ、友人の紹介で出会った女の子とです。

 

初デートは散々でした。連絡はつかなくなりました。緊張のあまり、口が乾き、胸が高鳴り、何をしゃべればいいのかわからなくなり、といった具合でした。

 

しかしその後、つきものが取れたように女の子を誘えるようになりました。そしていつのまにか卒業もしたのですが、なかなか彼女はできません。

 

そもそもデートの経験が薄いので、気遣いなどの点で足切りを喰らっているのでしょう。詳しくは書きませんが運が悪かったという側面もありました。

 

そんなこんなで、非モテ街道をばく進している私ですが、その理由について考えてみようと思います。

 

なぜ彼女ができないのか

原因はかなり明確です。大学二年生のころまで女の子を誘えなかったことです。そしてそのことによりデート経験も不足しているため、気遣いなどか未熟でなかなかデート以上まで発展することもありません。

 

じゃあ、何で誘えなかったのかという理由を探ってみると、幼少期から中学時代までに刷り込まれた「俺は女の子には好かれない」という固定観念でしょう。

 

刷り込みとは恐ろしいものです。肝心な場面で行動を抑制してきます。

 

女の子に好かれていることは客観的に明らかなのに、「俺は女の子には好かれない」という刷り込みの方が勝ってしまうのです。

 

そもそも、全ての女の子に嫌われるというのはありえません。私はリア充系の、いわゆる陽キャの女の子には嫌われるタイプです。

 

しかし、大人しめの陰キャ寄りの女の子にはむしろ好意を持たれることがあるという事を、大学の途中まで気づくことができていませんでした。

 

女の子にも色々な性格の子がいて、自分と相性が合う子もいるという事を知らなかったのです。

 

 

自分のちっぽけな思い込みに縛られて行動できなかったと言えばそれまでです。しかし、意外とそれはちっぽけではないのです。

 

彼女いない歴=年齢」の人で、デートすらしたことが無いという人がいれば、アドバイスが一つあります。

 

それは、女の子と仲良くなって、もしかして好意を持たれているのではないかと感づいているのになかなか行動に移せない場合は、その子との共通の友人に相談することです。

 

相談すると、客観的に見てただの友達なのか、それともそれ以上なのかがより分かりやすくなります。さらに、一度友人と相談してしまえば、気恥ずかしさなど吹き飛んで堂々と誘えるようになります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。カラマゾフでした。

 

 

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)

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